リアルタイム摂津市史編纂6

更新日:2018年07月11日

『新修 摂津市史 史料と研究』第3号

<淀川流域関係史料集1>

                 ふるさと摂津  京都三川合流より 淀川下流域に存在する 紀元前、伝承の時代                                   ~ 奈良時代の摂津市域を含む 淀川右岸・左岸流域関係の史料

史料解説      古代淀川流域の動向

論  稿          古代淀川の治水と水害

監修・解説

摂津市史編さん委員  市  大樹

(大阪大学大学院文学研究科 准教授)

論 稿

摂津市史執筆委員 佐藤 健太郎

主な収載史料

史料提供 : 京都府立京都学・歴彩館所蔵 など

 

古事記 ・ 日本書紀 ・ 続日本紀 ・ 日本後紀 ・ 続日本後紀

日本文徳天皇実録 ・ 日本三代実録 ・ 万葉集

伊勢物語 ・ 大和物語 ・ 土佐日記 ・ 小右記

御堂関白記 ・ 宇治関白高野山御参詣記 など

 

『新修 摂津市史 史料と研究』第3号 平成30年3月発行 一部900円

新修摂津市史 史料と研究第3号

目次

<史料>  淀川流域関係史料集1
  史料解説  古代淀川流域の動向

  監修・解説 摂津市史編さん委員  市 大樹

  (大阪大学大学院文学研究科准教授)

古代史料

1. 伝承の時代(紀元前)

2. 継体天皇(507) ~ 皇極天皇(644)

3. 大化元年(645) ~ 和銅二年(709)

4. 和銅三年(710) ~ 延暦十二年(793)

5. 延暦十三年(794) ~ 康平五年(1062)

論稿

  古代淀川の治水と水害

                                                                    摂津市史執筆委員 佐藤 健太郎

『宇治関白高野山御参詣記』(部分) 京都府立京都学・歴彩館所蔵

宇治関白高野山御参詣記 上段ん

 

永承3年(1048年)、京都宇治の平等院鳳凰堂

建立で有名な 関白 藤原頼通は高野山参詣のため↗

宇治関白高野山御参詣 下段

 

↘京から船で淀川を下り「鳥飼御牧」「江口」など

摂津市域周辺の地を訪れたことを知る貴重な史料

<古代史料> 古代淀川を行き交う 人々のダイナミックな動きを 史料から見ることができます

紀元前660年 神武天皇のころ淀川流域の地名登場 → 507年 継体天皇 → 645年 大化の改新 →

725年 行基・聖武天皇 → 733年 遣唐使船出発 → 754年 唐から僧 鑑真到着 → 784年 長岡京造営 →

785年 摂津大夫和気清麻呂のとき 摂津国 鯵生野を開削 三国川と淀川連結 → 812年 長柄橋造る →

850年 江口に遊女 → (869年 貞観地震 東日本大震災と類似) → 887年 仁和地震 津波で畿内洪水→

897年 在原業平 親王の思い出 鳥飼の院御遊行 → 927年・931年宇多上皇 摂津国鳥養牧・鳥飼院 →

933年 土佐日記 鳥飼の御牧泊る → 1035年・1048年  藤原頼通 住吉社・高野山参詣のおり鳥飼御牧へ

など

< 概要紹介 >

古代淀川流域の動向

史料解説

 監修・解説  市  大樹(大阪大学大学院文学研究科 准教授)

神話を含む伝承の時代から後三条天皇の即位(紀元前、伝承~1068年)までの摂津市域を含む淀川流域についての史料から、主要な8つのトピックを取り上げて解説

 1. 古代淀川を考える際の留意点

    ・  明治時代の淀川 、 古代河内湖の淀川

 2. 難波堀江と茨田堤(まんだつつみ)

    ・  大化の改新以前からの国家事業として淀川・旧大和川の治水事業

 3. 磐之媛命(いわのひめのみこと)の嫉妬譚

    ・  大化の改新以前から淀川交通は盛ん、瀬戸内海と連動

 4. 行基の社会事業

    ・  難波宮とつなぐため、淀川流域の道路、橋、港を整備、堤防や排水路などの淀川の治水対策も行う

 5. 延暦四年の三国川開削

     ・  785年、淀川と三国川(神崎川)を直結する水路整備(一津屋~別府にいたる河道)

  < 直結させた理由 >

  • 三国川を通じて瀬戸内海と 遷都 長岡京を結びつける新しいルート
  • 頻発する洪水被害対策の側面も期待されたが結果的に、失敗に !!

 6. 諸国 貢進物の運漕

     ・  平安京に遷ると、都へ貢進物を運ぶのに淀川水運を利用。西国からは神崎川を遡上して

          淀津まで運漕、その後陸上で都へ

 7. 淀川流域の牧・離宮

     ・  摂津市域では諸国から献上された馬を飼育する鳥養牧、上皇や貴族の寺社参詣で

          立ち寄る遊興地としての鳥養院

 8. 藤原頼通の高野山参詣

     ・  平安時代、上皇や貴族らは、四天王寺・高野山・熊野への参詣が増え、往来に淀川

          を利用。平等院鳳凰堂を建てた藤原頼通は、高野山参詣旅行の詳細な記録を遺し、

          鳥養御牧のあたりで豪華な饗応を受けたこと、摂津市域周辺の地名も多数記されて

          います。

古代淀川の治水と水害

論 稿

 佐藤 健太郎(摂津市史執筆委員)

前回に刊行された摂津市史に掲載されている史料や淀川にかかる研究成果などに基づきながら、古代の淀川の治水・水害をまとめています。

  • 現在の淀川 と 古代の淀川               昔は神崎川は淀川とつながっておらず、一津屋の北のところで北上し、安威川と合流。  淀川も現在の淀川はのちに直線化したもので、そのころは湾曲し、南にある今の大川が淀川の本流でした !!
  • 古代淀川の治水 (仁徳天皇11年 ~ 貞観4年/ 862年)             和気清麻呂(延暦4年/ 785年) 三国川(現神崎川)、鯵生野を開削し、淀川と三国川を連結。  淀川の洪水防止にはあまり機能せず
  • 古代淀川の水害 (神亀3年/ 726年 ~ 貞観16年/ 874年)
  • むすび (過去の教訓 : 奈良時代中期からの温暖化による大雨・長雨・自然災害、無秩序な森林伐採による土砂流出で河床上昇。
  • 洪水で流出して落ちた橋、木材、舟も、洪水の被害をいっそう拡大

『新修摂津市史 史料と研究 第3号』 (古代淀川流域関係史料)

平成30年3月刊行 一部 900円(A5版 299貢)をお求めの方は下記の摂津市史編さん係までお問い合わせください。

 

また、『新修摂津市史 史料と研究 第3号』 (古代淀川流域関係史料) 一部 900円 のほか、

市制施行50周年記念『ふるさとを知ろう 摂津市の歴史』
平成28年12月刊行 一部 500円(B5版 カラー48貢)につきましても、お求めの方は

摂津市史編さん係(火曜日~金曜日の平日 午前9時~午後5時)または、摂津市役所6階の教育総務部 生涯学習課(月曜日~金曜日の平日午前9時~午後5時)の窓口でもご購入いただけますのでどうかご利用ください。

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