黒丸城の址(QRコード用抜粋)

更新日:2026年09月30日

黒丸城(鳥養砦)は、土石を積み重ねて築いた小城であったらしいが、その築城の時代や由来についての詳細は不明である。しかし、「細川両家記」にみえる次のような記述は、当時この辺りに何らかの城塞的構造物のあったことをうかがわせる。

 同四日に三好方の衆は天王寺迄諸陣くつろげられ候、五日に鳥養へ帰陣也。(永禄二年<1559年>8月)

 同じ十二に諸軍敗軍して始め陣所天満森へ被引退候…然処に鳥養辺にて御談合あり。(元亀元年<1570年>9月)

 また、字地に黒廻・城の前・内殿・地殿などの名前があることから、黒丸城にゆかりの深い土地かと思われる。

 いずれにしても、本城(砦)は淀川べりに築かれた平城であって、大坂方面攻撃の際の前線基地の一つとしての機能を濃厚にもった城郭であったと思われる。

蜂塚地図