せっつ 今・むかし
  淀川の右岸で
  まちへの変ぼう
  かっての村の風景と暮らし
  水とのたたかい
  まちなみ 今。むかし
水とのたたかい
本市域は、淀川や安威川などの大きな河川や井路(いじ)と呼ばれる農業用水路が多くありました。水は米や野菜づくりにとってかかせないもので、豊かな恵みをもたらせてくれました。しかし反面、大雨が降れば、低地の多い市域は、冠水したり堤防が決壊したりと、常に水とのたたかいでした。  
淀川堤防の嵩上げ工事(大正11年頃)
 
決壊個所の堰止め工事(明治時代)

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用水路の水を集めて鳥飼井路に流す三ツ樋が竣工・鳥飼野々3丁目(大正11年)
 
決壊個所の堰止め工事(明治時代)

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鳥飼河原樋工事(大正12年頃)
 
鳥飼西で決壊した淀川の補修築堤工事(明治時代)

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大正川の造成工事・三宅村(大正時代)

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■ 昭和28年9月25日の台風13号は鳥飼・味生村に大きな被害をもたらしました。

洪水で海のようになった鳥飼八町地区
 
被害個所に土のうを積み上げる住民

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普段は収穫時の運搬用、増水時は避難用に使われた井路舟・鳥飼下2丁目
 
舟で避難するお年寄り

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水が引き始めた時の鳥飼小学校前
 
淀川堤防に避難した人たち

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■ 昭和42年7月9日の集中豪雨でも安威川以北の地域が被害を受けました。

水の中に浮かぶ摂津市役所
 
浸水で通行止の千里丘ガード

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大阪中央環状線も冠水・市役所前
 
住宅にも浸水・正雀3丁目付近

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決壊をくいとめる作業・山田川
 
水しぶきをあげて通行する車・市民図書館付近

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冠水で通行止の大阪中央環状線・市役所前(昭和58年9月)
 
鳥飼野々の浸水対策工事完成(平成12年1月)

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