せっつ 今・むかし
  淀川の右岸で
  まちへの変ぼう
  かっての村の風景と暮らし
  水とのたたかい
  まちなみ 今、むかし
かつての村の風景と暮らし
村から町へ、市へ。今はもうすっかり見られなくなった農村の風景や暮らし…。
まちは大きくなるとともに、暮らしも大きく変わりました。
 
味生小児童の登校風景(昭和6年)
 
味生村特産品・一津屋のウド栽培(大正10年頃)

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味生神社の清掃(昭和5年)
 
田の水かき(昭和初期)

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味舌天満宮での伊勢神楽(昭和35年頃)
奉納相撲大会(昭和22年)
村では相撲が人気(昭和25年頃)

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食料増産のため、休閑地での開墾・千里丘3丁目の東光精機(昭和17年頃)
 
戦時中、物資不足で釣鐘の供出・勝久寺(昭和18年)

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トラックに乗るのは鳥飼村診療所のスタッフ?(昭和22年頃)
 
鳥飼村の村長選挙運動(昭和20年頃)

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郊外のイチゴ狩りとして人気のあった正雀のイチゴ畑(昭和13年)
 
田すき風景(昭和20年頃)

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稚児行列・現在の正雀一津屋線(昭和30年頃)
 
稲刈り風景(昭和39年)

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米の供出(昭和25年頃)
 
鳥飼なすの収穫(平成13年6月)

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米の検査風景(昭和30年頃)
 
昭和初期、大阪市内に出荷され好評を博した「鳥飼なす」は、栽培に手がかかることなどから次第に栽培農家が激減。昭和40年代には1軒だけに。昭和60年から市が保存に乗り出し、ようやく市内でも栽培されるようになってきました。
 

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