せっつ 今・むかし
  淀川の右岸で
  まちへの変ぼう
  かっての村の風景と暮らし
  水とのたたかい
  まちなみ 今。むかし
まちへの変ぼう
見わたすかぎりの田んぼに道がつき、家が建てられ、そして駅ができました。大阪(梅田)まで約30分という利便性のため、ベッドタウンとして人々が暮らし始め、人口が急増しました。JR千里丘駅と阪急正雀駅の風景も変わりました。  
工事中の千里丘駅(昭和13年開設)
 
開設後まもない正雀駅(昭和3年頃)

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千里丘駅西口(昭和40年頃)
 
新京阪といわれていた阪急京都線(昭和20年頃)

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千里丘駅東口(昭和40年頃)
 
地下通路にあった正雀駅改札口(昭和40年頃)

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橋上駅になる前の国鉄千里丘駅(昭和55年)

 
阪急正雀駅前(昭和40年頃)

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橋上駅になる前の阪急正雀駅(昭和55年)

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